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宇都宮地方裁判所 昭和43年(ワ)480号 判決 1973年10月17日

原告

山口常夫

被告

上野三郎

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し、金一二三万五、二〇八円およびこれに対する昭和四三年一〇月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金二三二万三、四二一円およびこれに対する昭和四三年一〇月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  傷害交通事故の発生

(一) 発生時 昭和四二年七月二三日午前七時三五分ころ。

(二) 場所 水戸市西原町六区三、七一七番地先路上。

(三) 加害車 普通乗用自動車(栃五せ七一四三号。以下本件加害車という。)

(四) 運転者 被告広川一

(五) 被害者 原告

(六) 熊様 原告運転の小型貨物自動車(栃四ふ四四八八号。以下本件被害車という。)が踏切において一時停止中、加害車が追突し、原告が頸椎捻挫の傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 右事故は被告広川が前方不注視義務を怠つた過失に基づくものである。よつて、同被告は民法第七〇九条による不法行為責任がある。

(二) 被告上野は、本件加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法第三条により本件事故によつて生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 治療費合計 金二七万八、二六一円

(1) 済生会宇都宮病院(昭和四二年七月二四日から昭和四三年五月一五日まで通院) 金五万二、〇五三円

(2) 同院(昭和四三年一月五日から同月二三日まで入院) 金九、一九九円

(3) 飯村外科医院(昭和四三年三月一九日から同年四月二日まで入院) 金二万〇、一七〇円

(4) 同院(昭和四三年四月二一日入院) 金二万一、三七九円

(5) 滝沢クリニツク滝沢神経科内科診療所(昭和四三年一月二七日から同年九月一三日まで通院) 金一四万〇、五八〇円

(6) 医療法人至誠会滝沢病院(昭和四三年二月二九日から同年七月一八日まで通院) 金三万三、三七〇円

(7) 五味淵外科医院(昭和四三年六月一九日から一月二五日まで通院) 金一、五一〇円

(二) 休業補償 金一二七万一、二〇〇円

原告は本件事故当時洋服仕立て販売業を営み、年間一〇四万六、三八〇円(一日約金二、八〇〇円)の収益を得ていたものである。

しかるに、原告は本件事故により前記のとおり昭和四二年七月二四日から昭和四三年一〇月二〇日までの間、四五四日の長期にわたり入院または通院を余儀なくされ、右業務に従事できなかつた。

(三) 慰藉料 金一五〇万円

原告の療養経過ならびに後遺障害に徴し、その肉体的精神的苦痛を慰藉するには金一五〇万円が相当である。

(四) 損害の填補合計 金七二万六、〇四〇円

(1) 自賠責保険金 金五〇万円

(2) 被告広川からの受領金二万六、〇四〇円および治療代等金五、七五〇円

(3) 自賠責後遺症保険金 金二〇万円

4  結論

よつて、原告は被告らに対し各自金二三二万三、四二一円および本訴状送達の翌日である昭和四二年一〇月二八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告広川)

1 請求原因第1項の事実中、原告が本件事故によつて受傷したことならびにその程度、内容は不知、その余の事実は認める。

2 同第2項の主張は争う。

3 同第3項の事実中、原告が自賠責保険から金五〇万円を受領したこと、被告広川から金二万六、〇四〇円の支払を受けたほか同被告が治療代金五、七五〇円を支払つていることは認めるが、その余の事実は不知。

4 同第4項は争う。

5 被告の主張

(一) 原告の現在における症状は、本件事故に基づく後遺症状ではなく、いわゆる欝病であつて、本件事故との間に相当因果関係がない。

(二) 原告は本件事故の直後、受傷の部位、程度にかんがみ安静な療養を必要としたにもかゝわらず、そのまゝ海水浴に参加し、自動車の運転を継続しかつ同日入浴するなど受傷による損害を拡大した過失があり、損害額の算定については、右過失を斟酌すべきである。

(三) 次に、原告は洋服仕立業を数人の従業員とともに営んでいたものであるからその寄与率は二分の一程度というべきである。よつて損害額の算定については右寄与率を考慮すべきである。

(四) また、原告は本件受傷により、右洋服仕立業に従事できなかつたとしても、他の軽作業に全く従事できなかつたものではないから、その差額をもつて損害とすべきである。

(五) なお、被告広川は、原告に対し、治療費金五、七五〇円を支払つたほか金六万八、〇〇〇円を支払つているから、右金額を控除すべきである。

(被告上野)

1 請求原因第1項の事実中、被告上野所有の本件加害車を被告広川が運転したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2 同第2項の事実は不知。

3 同第3項の事実は不知。

4 同第4項は争う。

5 被告の主張

(一) 被告上野は本件加害車の運行供用者ではない。

本件加害車は、被告上野の留守中、無断で同被告の妻が被告広川に貸与したものであるが、被告上野と被告広川との間には密接な支配従属関係はなく、本件加害車の運行について被告上野は運行支配も運行利益も有しなかつたものであるから、本件事故につき自賠法第三条の責任がない。

(二) 原告の逸失利益について

原告が損害の拡大につき過失があつたこと、原告の逸失利益の算定についてその寄与率を考慮すべきことについては、前記被告広川の主張(二)、(三)と同一であるから、これを引用する。

三  被告らの主張に対する原告の認否

被告らの主張中、被告広川より金六万八、〇〇〇円を受領したことは認めるが右金員のうち金四万一、九六〇円は自動車の修理代金として受領したものである。その余の事実はいずれも否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項の事実は原告と被告広川との間においては、原告の本件事故による受傷の程度、内容の点を除き争いがなく、被告上野との間においては、本件加害車が被告上野の所有に属すること、右加害車を、被告広川が本件事故当時運転していたことは争いがない。

しかして、〔証拠略〕によれば、原告は、本件被害車を運転して、昭和四二年七月二三日午前七時三五分ころ、水戸市西原町六区三七一七番地先踏切路上において、一時停車中、被告広川運転にかゝる本件加害車が追突し、これにより原告が頸椎捻挫の傷害を被つたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

さらに、被告上野との間において〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により頸部損傷およびむちうち症状群の傷害を被り、後記認定のとおり各病院に入院または通院し各治療行為を継続し、昭和四三年一〇月ころにはほぼ症状は固定したが、なお左上肢のしびれ、神経痛的疼痛、運動障害、左橈骨神経麻痺、脳血管障害に基づく血管痙攣による脱力麻痺発作の後遺障害が残存していること、右障害は自賠法施行令別表一〇級に該当するものであることが認められ、これに反する証拠はない。

二  責任原因

1  被告広川の過失

自動車の運転者は、自車の前方を同一方向に進行する自動車があり、これに追従するときは、右先行車の動静に注意し、先行車が急停車あるいは方向転換等の措置をとつた場合においても、これが追突を避けるため適宜適切な措置をとり得るよう、両車の時速、道路状況等に応じて適当な車間距離を保ち進行すべき義務あるところである。

しかるに、〔証拠略〕によれば、被告広川は本件加害車を運転し、前記日時場所において、原告運転にかゝる本件被害車に追従していたものであるが、右被害車の動静に対する注意を怠りかつわずかに右被害車との車間距離を約六メートル保つたのみで漫然時速三〇キロメートルの速度で進行していた過失により、踏切の直前でその前車に続いて停車した右被害車に追突したものであつて、右事故の発生につき被告広川に民法第七〇九条の責任があること明らかである。

2  被告上野の責任

被告上野が本件加害車の所有者であることは当事者間に争いがない。

被告上野は、本件加害車は同被告の妻が無断で被告広川に使用せしめたに過ぎないから、本件事故に関し、右加害車の運行供用者にあたらない旨争うので判断する。

ところで、自動車を自己のために運行の用に供する者は、その不知の間に家族が右自動車を第三者に貸与した場合においても、右第三者によつてその運行がもつぱら排他的に行われたものと認め得る特段の事情のない限り右自動車の運行支配あるいは運行利益を失つていないものと認めるのが相当である。

〔証拠略〕によれば、被告上野は宇都宮市内の東野交通株式会社に勤務する運転者であるが、同被告の家庭においては同被告のほか自動車の運転資格を有しでいるものはなく、同被告の妻上野富士枝が保険の外交業務に従事しているため時として本件加害車に同乗させることがあるほか、主として、被告上野が自らの通勤または狩猟等の用途に使用していたものであること、被告上野方においては車庫がなく、同被告が運転しないときは自宅付近の路上に右加害車を駐車させていたが、同被告の留守中これを移動させる必要が生ずることもあつたので、右自動車の鍵は日ごろ妻に保管させていたこと、同被告の妻は本件加害車を本件事故以前にも弟に貸与したことがあり、同被告から本件加害車を親戚その他の知人に貸与すること自体を特に禁じられていたものではないこと、同被告の妻上野富士枝は近所の魚屋八百新の店員被告広川に対し、かねてから本件加害車があいているときは使用しても良い旨話しておいたところ、本件事故当日の朝右被告広川から大洗海岸に海水浴に行くため本件加害車を借用したい旨申し出でを受け被告上野に無断でこれを了承したこと、右貸与については使用料について格別の約束がなされなかつたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

もつとも、本件加害車の貸与がなされた当日は日曜日であること、右加害車の使用目的、貸与時間等に照らし、その借用については、少なくとも前日または数日前にあらかじめ被告上野より直接あるいは間接に承諾を得ていたものではないかとの疑いが存するけれど確たる証拠はない。

右事実によれば、被告広川と本件加害車の保有車たる被告上野との面識程度は明らかでなく、被告上野が本件加害車の運行について承認していないことが認められるけれども、同被告の妻が被告広川に対しその貸与を承認していること、そしてその貸与の期間は使用目的が海水浴に行くためと限定されていたから、事故当日のみに限られ、当日中には返還が予定されていたことが認められる。

したがつて、右事実関係の下においては、右加害車の貸与が無償であつたことを考慮しても、いまだ被告上野の右加害車に対する運行支配および運行利益が失われていたものとは認めがたく、同被告は本件事故当時運行供用者たる地位を喪失していなかつたものと認めるのが相当である。

よつて、被告上野のこの点に関する主張は採用できない。

そうすると、同被告は、本件事故によつて原告の被つた損害につき、自賠法第三条により賠償する責任があるものといわなければならない。

三  損害

1  治療費

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により、次の各期間各病院にそれぞれ入院または通院し、合計金二七万八、二六一円の支出を余儀なくされたことが認められる。

(一)  期間 昭和四二年七月二四日から昭和四三年五月一五日まで通院

病院 済生会宇都宮病院

金額 金五万二、〇五三円

(二)  期間 昭和四三年一月五日から同月二三日まで入院

病院 (一)に同じ

金額 金九、一九九円

(三)  期間 昭和四三年三月一九日から同年四月二日まで入院

病院 飯村外科医院

金額 金二万〇、一七〇円

(四)  期間 昭和四三年四月二三日まで(通院と推測される。)

病院 (三)に同じ

金額 金二万一、三七九円

(五)  期間 昭和四三年一月二七日から同年九月一三日まで通院

病院 滝沢クリニツク、滝沢神経科・内科診療所

金額 金一四万〇、五八〇円

(六)  期間 昭和四三年二月二九日から同年七月一八日まで通院(ただし内二日間入院)

病院 医療法人至誠会滝沢病院

金額 金三万三、三七〇円

(七)  期間 昭和四三年六月一九日から同月二五日まで通院

病院 五味淵外科医院

金額 金一、五一〇円

被告広川は、昭和四三年以降の治療行為は本件事故による受傷と相当因果関係がない旨争うけれど、〔証拠略〕によれば、原告の病状は本件事故による受傷によつて被つた頸椎捻挫に基づく頸腕症候群のほかその付随的症状として「反応性うつ状態」ないし「うつ病」が誘起したものであつて昭和四三年一月以降における通院あるいは入院は右治療のためと認められるので、前記治療費は本件事故と相当因果関係があるとして全額認容すべきである。

2  休業補償

〔証拠略〕によれば、原告は洋服仕立業を営んでいたものであるが、昭和四一年六月一日から昭和四二年五月三一日までの期間における純利益は約金七一万円程度であつたことが認められる。

〔証拠略〕中には、原告は本件事故当時従業員を二名雇傭していたことにより年間純益は金一二〇万円に達していたとの供述部分があるけれども、原告は従来所得税の申告をなした実績がなく、右甲号証の記載内容に照らすと、右供述のみによつてただちに原告の主張する金額を年間純益と認めることはできない。

よつて他に格別の立証なき限り、薄井税理士の算出した前記年間純益金七一万円(一、〇〇〇円単位切捨)を原告の年間における逸失利益と認めるのが相当である。

ところで、原告は本件事故による受傷によつて昭和四三年一〇月二〇日までの間四五四日間にわたり稼働できなかつた旨主張するけれども、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故後においても必要に応じて自動車の運転を継続していたことが認められ、前記認定のとおり、右期間中における入院日数ならびに〔証拠略〕を考慮すると、右期間中に原告が右受傷によつて喪失した労働能力は控え目に見て、三分の二程度であつたものと認めるを相当とすべく、結局原告の被つた逸失利益は年間純益金七一万円(一日金一、九四五円の割合)の四五四日分より三分の一を控除した金五八万八、七三七円の限度で認めるのが相当である。

3  過失相殺

〔証拠略〕によれば、原告は子供達を海水浴に連れて行くため、被害車を運転中、本件事故によつて受傷したものであるが、ただちに水戸市内の国立水戸病院で診察を受け医師より当日の運転を止められたにもかゝわらずそのまゝ海水浴に赴いたこと、原告は右受傷のため海水に足をつけた程度で泳がなかつたこと、その後宇都宮までの帰路も自動車を運転し帰宅後入浴していることが認められる。

原告の事故当日における右行動は、原告の受傷の部位程度およびその後の長期的症状の経過を考えると、病状の悪化、拡大に影響を及ぼしているのではないかと思われる余地もあるが、いかなる程度に影響を与えたかは明らかでないから、被告らの過失相殺の主張は採用しない。

4  慰藉料

本件事故の熊様、傷害の程度、入・通院期間、後遺症の程度その他諸般の事情を考慮して、原告の本件事故によつて被つた精神的苦痛を慰藉するには金一一〇万円をもつてするのが相当である。

5  自賠責保険金等の控除

以上合計金一九六万六、九九八円が原告の本件事故によつて被つた損害なるところ、原告において自賠責保険金七〇万円を受領したこと、被告広川から自動車の修理代を含めて金六万八、〇〇〇円、治療代として金五、七五〇円の支払を受けたことは原告の自認するところである。

しかして、〔証拠略〕によれば、原告の受領した右金六万八、〇〇〇円のうち金四万一、九六〇円が自動車の修理代に充てられたことが認められるので、残額合計金三万一、七九〇円が本件請求分から控除されるべきである。

よつて、これらの受領金を差引くと結局残額金は金一二三万五、二〇八円となる。

四  結論

そうすると、原告の本訴請求は、被告らに対して各自金一二三万五、二〇八円およびこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和四三年一〇月二八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新海順次)

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